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セミナー「おコメ、私たちの命」2004/09/09

「おコメ、私たちの命」―― アジアの豊かな稲作文化
国際コメ年協賛APOセミナー

今年は国連の「国際コメ年」。APOはアジアの多様なコメ作りの理解に向けて、セミナー「おコメ、私たちの命――アジアの豊かな稲作文化」を、農林水産省の協力を得て9月8日から15日まで東京都渋谷区の国連大学を主会場に開催した。

(坪田邦夫APO事務局農業部長記)セミナーには、アジアの18カ国から31名の専門家や政府関係者が参加。各参加者は自国の稲作の現状・課題を報告。さらに稲作の歴史や多様性、社会や文化、環境とのかかわりなどについて識者の講演を聞き、アジアの稲作の直面 する課題を率直に討議した。また、長野県浅科村の五郎兵衛新田や新潟県の亀田郷土地改良区などを訪れ、農家や現地関係者と意見を交換した。

セミナーにおける討議を通じ、アジア諸国の稲作は社会的文化的な類似性を持つと同時に、品種・農法・制度面 では大きな多様性を持っており、また様々な過渡期的課題を抱えていることが浮き彫りとなった。

最終日には、参加者全員でまとめたセミナーの成果を、APO・農水省共催の公開シンポジウム「おコメ、私たちの命――稲作を中心としたアジアの文化」(講師、セミナー参加者、一般 入場者など90名以上が参加)で発表した。また多くのセミナー参加者から日本の経験をさらに学びたいとの強い希望が出たことが印象的であった。

参加者による各国の現状報告

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長野県千曲市の棚田を訪れたセミナー参加者ら

長野県千曲市の棚田を訪れたセミナー参加者ら全ての報告に共通していたのは「コメが国民生活の中で極めて重要な位置を占める」という点であった。多くの国でコメ自給が重要な政策目標であり、長い歴史の中で、文化や社会制度、環境までがコメ・稲作と密接に結びついて発展し、祭りや宗教行事と関連している。しかし、コメと生活の結びつきが徐々に崩れ始めている国も多い。これは、緑の革命を契機として導入された近代的な集約稲作に負うところも大きい。収量増加は実現したが、品種の多様性が減り技術や農法も平準化し地域色が薄れている。また、生活水準の向上に伴い農業生産の多様化が進む一方、コメの1人当たりの消費量 が減りコメの重要性が低下している国も多い。また、アジアの多くの途上国ではコメ生産の効率化や流通近代化が共通の課題であり、土壌肥沃度の低下、土壌浸食や洪水、価格低下、水不足、技術やインフラ投資の不足、政府補助の廃止――など同じような問題に直面 している。

一方、解決への取り組みは国により格差が生じている。ハイブリッド米や高品質米の普及、増産、集約化を奨励する国もあれば、他作物との複合化やIPM(総合防除管理)、水利組合の強化を目指す国もある。また、比較的進んだ国ではコメの過剰、安全性や品質に対する関心の高まり、稲作農家の高齢化や後継者不足、貿易摩擦などの問題が生じている。こうした国では、転作、契約栽培、アグロツーリズムなどの動きが見られる。各国とも程度の差はあれ、稲作の持続可能な形での維持・発展、つまりコメ生産を環境に優しい形で経済的に発展させる手段や政策を模索していることがわかる。

アジアモンスーン地帯は長い稲作の歴史を持ち、コメは食料としてのみならず、文化や社会習慣、経済発展に大きくかかわっている。現在でもなお、コメはアジアの主食であり、依然として私たちの生命線である。しかし、国際化の中でアジアの経済社会が急速に変化する中、現状を懸念する声は多い。

また各国が取り組むべき課題として参加者は、生産性の向上、規模拡大、稲作への政府の支援、コメ製品やアグロツーリズムなどによる稲作の付加価値化、若い世代のコメ作りに対する理解普及、水管理の効率化、高収量 良品質米の開発、農業生産者団体の強化、農業企業家の育成、農村インフラの整備――などを挙げた。

APOは、今回のセミナーで議論された課題を含め、農業事業や総合地域社会開発(ICD)事業を通 じ今後とも加盟国における農業の生産性向上促進を支援する活動を続けていく予定である。

新潟・長野の経験に学ぶ

セミナー参加者は日本の経験を学ぶために、新潟・長野県の各地を訪れた。

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セミナー最終日に開かれたシンポジウム(東京・国連大学)

長野県浅科村・五郎兵衛新田―― 市川五郎兵衛は群馬県の武士階級出身で、佐久地域を開田した人物である。五郎兵衛新田はその1つであり、20キロ先の水源から水を引き、荒野を豊かな田に変えたものである。セミナー参加者は五郎兵衛が370年前に開削した山腹の水路跡を実際に歩き、その工事の困難さと隋道の施工の巧みさを肌で感じるとともに、この工事が五郎兵衛個人と村人の自助努力により出来上がったと聞いて感心しきりであった。この水路は、昭和30年代半ばから始まった灌漑事業による新水路ができるまで、300年以上も村人によって維持管理されていた。


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越後製菓の星野一郎社長(左)から説明を受けるセミナー参加者ら

長野県・千曲市姨捨(おばすて)棚田―― 姨捨棚田の起源は明らかでないが、貯水池を水源に江戸中期には約85ヘクタールまで広がった。しかし、明治以降は重労働を要する急傾斜地の棚田は次第に打ち捨てられ、25ヘクタールまで減少した。由緒ある棚田の消滅を心配した千曲市は8年前から「棚田貸します制度」を設け保存を図っている。この制度では、都市住民が“オーナー”として田一枚あたり約2万円を拠出し、市から委託を受けた地元有志農家が棚田を管理する。オーナーは田植えや収穫を体験でき、収穫したコメを手にできる。参加者を案内したのは、その有志農家と千曲市の担当者であった。全国棚田百選にも選ばれた同棚田の保存事業は経営的には赤字であり、関係者の熱意と労働奉仕で支えられているとの説明を受けた。

越後製菓(新潟県長岡市)―― 越後製菓は、終戦直後小さな製麺所から出発し、企業努力と独自の技術開発により年商170億円の、もち・米菓総合メーカーとなった企業である。本社工場を見学後、星野一郎社長から、現場や技術を離れてメーカーの発展はない、地元新潟の産物を大切にしたい――など、生産性運動の手本となるような話を聞いた。参加者からは「わが国への進出計画は?」「わが国のコメは使えないか」「技術指導はお願いできるか」などの質問や要請が相次いだ。

新潟県・亀田郷土地改良区―― 亀田郷の歴史は、信濃川と阿賀野川が作る低湿地の葦原を、人間が長い年月をかけ苦闘の末に少しずつ豊かな水田に変えていく歴史であった。転機は1957年の国による大規模な排水事業であり、約1万ヘクタールに及ぶ広大な水田地帯が出現した。参加者はビデオ映像を通じ、胸まで浸かる戦前の田植えや収穫の重労働、潮害の苦難、貧しい農民生活、土地改良事業による変革などを学んだ。豊かな農地とその合間に商工業用施設が点在する今日の亀田郷は、かつての貧しい農村の過酷な姿とは対照的であり、中央管理センターではコンピューターによる域内水位の総合管理システムを見学、さらに排水機場でシステムが実際に機能する様子を見学した。

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現地視察により参加者は、持続的農業の発展には開発におけるリーダーシップ、農民の参加と意欲(五郎兵衛新田)、水田の多面的機能、環境保全への取り組み、アグロツーリズム、都市との結びつき(姨捨棚田)、コメの付加価値の増加、伝統的知識と近代技術の結びつき(越後製菓)、国によるインフラ整備、条件不利地域の水田への転換、苦役からの開放(亀田郷)――などが重要であることを学んだ。

セミナーにおける講師の講演要旨

田中耕司 京都大学東南アジア研究所所長

稲の生産性向上技術には、環境を自ら作り出す増収型技術と、環境に適応させる技術の2タイプがあり、アジアの稲作はこの両者を集約的・調和的に組み合わせた型と、環境適応技術を発展させた型とに区分できる。日本は前者、東南アジア・南アジアは後者であるが、両者とも生態環境と一体となった「第2の自然」を形成してきた。しかし、緑の革命を契機として、肥料・農薬や機械の投入が増大し、近代的農業が稲作に入り込んでくるにつれ、こうした環境との調和や多様性が失われる傾向にある。

ユニタ・ウィナルト 韓国・釜慶(プキョン)大学客員教授

1990年代に入ってアジア稲作農民には変化が見られるようになった。それまでの緑の革命の下で奨励されてきた肥料農薬の多投を反省し、総合的に病害虫・雑草の管理をしようというIPM(integrated pest management)の動きが、上からの指導ではなく、科学技術に農民自身が持つ知恵や技術を活用し、自分の土地条件にあった方法を重視するという形で多くの東南アジアで広がり始めた。インドネシアではこの動きは「農民科学」と呼ばれ徐々に広まりつつある。

ボー・トン・スワン ベトナム・アンザン大学学長

アジアではコメ作りは農民の本能であり、農民は増産に励んできた。「緑の革命」とその後の技術発展は、コメの生産性向上に寄与したが、多くの問題も生じるようになった。例えば、増産の結果、コメ価格が低迷し、新技術は条件が不利な地域の農民にはさほど恩恵を及ぼさなかった。肥料農薬の多用は土壌・水質の悪化を招いている。少数の作物の増産に科学・技術・資本を動員する西洋型の農業発展モデルの限界は明白であり、持続的な農業システム(Sustainable Agriculture System)の構築が必要である。肥料や農薬の投入量を減らす農業や、持続的農業、資源管理のほか、貧しい稲作農民の所得増大のために、農民と農協、さらには農協と市場、企業、政府の連携が不可欠である。

クリストファー・グレゴリー オーストラリア国立大学講師

食物は我々の体だけでなく精神も育む。主食は宗教・文化の表現や社会関係の維持に使われる。麦を主食とする民族は麦中心の、コメを主食とする民族はコメ中心の独自の世界観、価値観を形成していく。また同じ主食の下でも相違が生まれる。アジアではコメが圧倒的な主食で、小規模な労働集約零細農家が中心である点では共通の社会文化基盤があるが、インドと中国は異なる社会文化圏を形作り、日本や東南アジアはまた少し異なる。違いは、直播と田植えなど農作業の差から、農業の社会的地位や男女の役割の差、家族制度にまで及ぶ。農業の多面的機能に関する各国間の対立は、文化人類学の観点からは、「自由貿易」対「保護貿易」の対立以上に価値体系の対立であり、市場価値が全てという世界的な風潮の中で非経済的な価値の生き残りも争われている。

合田素行 農水省食料政策研究所室長

水田の多面 的機能は日本の研究者によって多くの研究がなされてきたが、この概念は西側諸国には人気がない。これは欧米の農業が自然を管理しようとするのに対し、日本農業は自然の面 倒を見ようという立場に立つからであろう。日本の農村社会は農業を自然の恩恵を受ける第2の自然と捕らえ、環境と調和した農業を営むよう心がけてきた。その結果 、農業は社会や国土に対し様々な多面的機能を発揮することとなった。しかし、この多面 的機能は、近年の農村社会の崩壊や農業の衰退に伴い、急速に失われつつあり、何らかの政策を緊急に必要としている。

陽捷行 農業環境研究所所長

農業は環境に対しマイナス・プラス双方の影響を与える。マイナス面の例では、窒素肥料と家畜の糞から派生する二酸化窒素や、水田の還元層と牛の反芻胃から発生するメタンが地球の温暖化とオゾン層の破壊の一因となっていることが挙げられる。しかし、適切な方法で営まれた農業は環境にプラス面も多く、特に水田はプラス面を多く持っている。藻類による窒素固定、灌漑による土壌養分の補充、気候変化の緩和、雑草や害虫の抑制――などがその例である。多面的機能としては水の保全、洪水防止、水質浄化、地すべり防止、生物層の保全、アメニティ機能――などがある。要は、適切な農法や水・土壌管理などを工夫することである。

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